桂林に根ざした外来の食文化
2012年07月08日中国文化
桂林は1973年に正式に開放政策を実施し外国人が初めて桂林という風光明媚な町を訪れることができました。それまで閉塞の状態に置かれた桂林では外資系の飲食店は一軒もなく、宿泊のホテルの中の食事はさておき、町に出掛けて食事をしたいなら、桂林米粉のほかに、地元の人々の口に合う現地の料理店で食べるしかできなかったのです。その時の桂林現地の人々にとっても、アメリカのケンタッキーというのがなかなかの贅沢品と言えるものでした。その時こんな言い方が流行っていたようであり、「桂林という町が他の町と違い、町の至る所に安く、美味しい米粉店があり、ケンタッキーのような高価な外来飲食なんかは永遠には進出はできないよ」というふうに言われました。この言い方があまりにも呑気な話のようでした。
ここは中山中路にある台湾系の飲食店で、ほぼ毎日地元の食べ客で賑わっています。
桂林の微笑堂の一階にあるケンタッキーは毎日食べ客で満員で、これほどいい商売がほかにあるのか?
桂林の中心広場の一隅にあるマグドナルドはケンタッキーに及ばないが、若者の人気を集めています。
この30余年にわたる開放政策と経済発展のおかげで、桂林の人々の生活水準が以前よりも上がると同時に、飲食観念も従来の米粉意識から解放され、バラエティに富む飲食を求めるようになりました。特に「80後」と「90後」と言われた若者たちが一人子政策に恵まれ、割に裕福な家庭育ちと新しい外来文化の吸収の結果、今まで体験できなかった外来飲食文化を拒否するどころか、積極的に受け入れようとしています。その中、最初、桂林に進出した外来飲食の第一号が1996年、桂林の微笑堂の一隅にあるアメリカのケンタッキーであり、価格が桂林米粉の何倍にもかかわらず、好んで食べる桂林人は少なくありませんでした。思い掛けないこのケンタッキーの繁盛ぶりに飲食の関係業者は衝撃を受け、「時代は変わった!桂林人も変わった!」という感想を漏らしました。それでも当時40~50万余の人口を抱えた桂林では、果たして外来飲食の店を開き、うまく行けるのでしょうか?結局、「ケンタッキーほどに及ばなくてもいい」、「せめて赤字にはならなければいい」、「運試しにやって見よう」という外来飲食店の進出が現れはじめました。これで、ずっと疑問視されてきた外来食は古い桂林の町に芽生えました。この追い風に乗り、ケンタッキーの第二店、第三店などが次々に開店し、とうとう今、私の知っている限りの8軒もの店が揃うようになりました。またケンタッキーのライバル同士であるマグドナルドも桂林の中心広場の一隅を陣取り、第一号の店を開きました。続きに、やはり微笑堂の側に開店したアメリカ系のピサ店でした。これらのアメリカ勢と呼応するように、日本勢の料理店の開店が相次ぎ、今までに10軒ほど増えています。その後に、韓国、香港、台湾系の料理店の看板も町で見られ、最近、シェラトンホテルの側にスペインの料理店の勢揃いまでになっています
日本料理の「回転寿司」の看板が桂林の正陽路に行くと見られます。
夕食の時間になると「90後」の若者が好んで来る正陽路にある日本料理の回転寿司店で、味もおいしいし、見た目も綺麗な日本食に魅力を感じています。
中山中路にあるアメリカ系のピサ店は環境が綺麗でピサが美味しいですので、毎日勿論商売が繁盛です。
最近、シェラトンホテルの側に開店したスペイン系の料理店で、経営状況がまだ不明のようです。興味があれば一回食べても差し支えないです。
同じシェラトンホテルの側にいつか開いたアメリカ系の西洋料理店でくつろいでいる西洋人たちです。
夕方、正陽路にある「田舎」という日本料理店に入ろうとする食べ客です。この店でもやはり、あらかじめ予約する必要があるぐらい商売がいいそうです。
ここは韓国系の焼肉料理店で、桂林人も結構食べに行きます。特に冬になるとお客さんが多いです。
私はこれらの外来店の経営状況をほとんど見回し、極端にお客さんは多いのがやはりアメリカ系のケンタッキーだと思います。日本の料理店も価格が安くないですが、現地の食べ客が大半を占め、特に回転寿司の店に来る若者が多いです。あとの台湾、韓国、香港系の店が皆、地元のニーズにマッチして、元気に生きているという感じで、なぜなら、開店して以来、閉店したりしたことがないらしいです。
いずれにせよ、桂林に根差した外来の食文化が桂林という町を国際化させる一方、国際化の桂林が更にこれらの外来の食文化の成長に役に立つには間違いないようです。それよりあくまでこれらを支えたのは地元の経済による好景気そのものではないでしょうか。
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コメント(2)
作者:( 「ふれあい中国」)
コメントをいただきまして、ありがとうがざいます。桂林はこの二十何年間確かにあらゆる方面において変わりました。食生活だけでなく、町全体でも昔の野暮な感じから粋な町に変わったとしみじみ痛感しました。おそらく人々の心のあり方も変わったとも受け取れたのではないでしょうか?実は町の裏街道に私の見つかっていない外来食もあるかもしれません。北京、上海などのような大都会ではないですが、こじんまりとした桂林でも世界のさまざまな風味の料理が楽しめることが私たちにとって幸いなことだと思っていいです。
なかなか詳しい案内ですね、二十年この町に住んでいる僕の知らない所もあります。本当にこの町大分変わりました。 勉強になりました。