正定寺廟群

 正定寺廟群は、石家荘市区の北約15kmに位置する正定県の中心部に点在する文化的遺跡群。正定はすでに1600年以上の歴史を持つ町で、現在でも古い町並みが残っている。この町は古くは常州と呼ばれ、日本でもなじみ深い三国時代の名将趙雲の出身地としても知られている。
 町には隆興寺、天寧寺、広恵寺、開元寺などの古刹のほか、孔子を祀った県文廟、町の南側に位置する南城門など数多くの建築物が残っている。
 中でも最大規模で有名なのが隆興寺。建立は586年(隋の開皇6年)で、当初は龍蔵寺といい、現在の名前となったのは1710年(清の康煕49年)。また、多くの皇帝が寄進を行ったが、宋の建国物趙匡胤(太祖)は971年に勅令を下し、高さ21.3mの千手観音像(銅像)を鋳造させ、大悲宝閣を改修させた。それ以降、寺院は大悲宝閣を中心に整備が進められた。代表的な建築物は大悲菩薩像のある天寧閣。
 天寧寺は9世紀後半に建立された寺院で、その中核となるのが高さ41m、9層八角の木塔である凌霄塔(創建当初は慧光塔と呼ばれていた)。
 臨済寺は町の南側に位置する540年(東魏興和2年)創建の寺院。唐代末期にはここで義玄が臨済宗を興し、日本の臨済宗にも大きな影響を及ぼした。寺院を代表する建築物は高さ30.7m、9層八角の澄霊塔(別称は青塔、衣鉢塔)。
 広恵寺は8世紀末~9世紀初めにかけて建立された寺院。華塔は多宝塔とも呼ばれる寺を代表する建築物。レンガ造りの仏塔で、4層八角(高さ31.5m)の主塔と四隅に立つ六角型の小さな仏塔で構成されている。主塔には菩薩や力士、獅子、象などが彫られており、3階までは上ることができる。
 開元寺(創建当初は浄観寺といった)は540年に創建された寺院。清の後期から放置されたままとなり、現在では唐代の建築様式を備える鐘楼(高さ14m)と須弥塔(高さ39.5m)が残るだけとなってしまった。
 このほかに、県文廟は五代十国期(10世紀中期頃)に創建された孔子を祀る場所で、大成殿は現存するものの中ではかなり古く、南城門は明代に築かれた城門で長楽門とも呼ばれる。また、栄国府はテレビドラマ「紅楼夢」の撮影のため、清朝期の建築をまねて作られたセット。