人生は旅のようです。
2012年06月13日その他
故郷の貴港市へ帰る途中「幽蘭」といういい名前の町に臨時停車しました。「それほど優雅な名前を持つ町は一体どんなところでしょうか、のどかな町で、人々は素朴で、優しい人間でしょう」と私は窓越しで見ながら勝手に想像しました。「チャンスがあったらぜひ遊びに来たい」と おもいました。チャンスはつまり「縁」のことです。今まで人間と人間との間に「縁」があると思いましたが、その瞬間、人間と人間以外のすべての物の間にも「縁」があるのではないかと悟りました。そして人間と人間の間の「縁」を大事にするだけではなく、人間と物の間の「縁」をも大切にしなければならないと思います。
こんなのどかな所に住んでいる人が羨ましかったです。
桃源郷みたいなところでした。
ちょうどここの所に臨時停車しました。するとそこの一草一木との「縁」が決まったわけです。
母は学校の教育を受けたことのない中国の伝統的な女です。勤勉で優しい人です。生涯苦労してきましたが、敬虔な心はいつまでも変わらないです。毎日朝と晩二回祖先に線香を立てます。そのおかげで80歳になっても髪が黒くて、歯も落ちないです。
我が家の「骨董品」です。 私が中学校の時買った扇風機で、もうぼろぼろになっていますが、35年経ってもまだ使えます。
弟が飼っている醜い犬です。名前は「白」ですが、母はわざわざ「黒」と呼んでいます。
駅のターミナルに入るには身分証明書を見せる同時にボティ―検査を受けなければならなかったです。治安が悪くなったので人々は不安感が強くなる一方です。
日常の生活の中で民族ファッションを着た人が珍しいです。
柳州の駅に着くと降りるお客さんがたくさんいました。込んでいた列車は急に空いて来ました。訳も分からなく寂しくなりました。人生はまるで長い汽車の旅の様です。降りる人がいると同時に上がる人もいます。一つ一つの「駅」から人生の「旅」になるわけです。
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コメント(4)
作者:( 「ふれあい中国」)
どんなに厳しく、つらい人生であっても、最後に幸せが感じられるなら、その人の人生は幸福であったと思います。逆に贅の限りを尽くしても、末期が満たされないなら、幸せとは言えません。陸さん、できる限り時間を作って、父上との時間を過ごしてください。父上は、家族の中の誰よりも、陸さんが好きなんだと思います。そして父上に、一日でも長生きをしてほしいです。
「野良猫」さん、こんにちは。コメントをいただき、感動しました。ありがとうございました。仰った通り、最後に幸せが感じなければ幸福な人生とは言えません。できる限り時間を作って、ふふ里へ帰って父と一緒に時間を過ごしたいと思います。
50になってからだんだん人生の正味をあじわえてきますね、感動は自然に出てくるもので、けして故意なものではありません。”父は寝ていました。瘦せこけた父を見て私は思わず涙が流れました。持っていったお粥を食べさせるとおとなしく食べてくれました。”ここまで読んで、私の涙も思わずこぼれてしまいました。”おとなしく食べてくれました”いかに感動な表現です!
「江樹」さん、お久しぶりでした。長いブログを最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。私はセンチメンタルで、涙がもろい人間です。男として他人に弱いイメージを与えるのではないかと困っていますが、気持ちをよく理解していただいて、ありがとうござました。