久しぶりに灕江下りと「龍脊梯田」の見物ができて楽しかったです。
2012年06月21日中国観光ガイド
朝の9時、川下りの遊覧船は「竹江」船着場から出航しました。雨も降らないし、暑くもありませんし、天気が恵まれていました。靄がかかっていましたが、更に水墨画の雰囲気が添えられました。満水期なので、12時半頃、もう終点の陽朔県に着きました 。
ここは灕江下りのハイライトの景色です。かつて日本のサントリウロン茶のテレビコマーシャルのロケーションだったそうです。
ここの景色は人民元20元のバッグです。
灕江下りが終って、桂林へ戻る途中「世外桃源」(桃源郷)に寄って見物しました。
土塀だった家はだんだんセメントの家に変えられました。惜しいことですが、仕方はありませんね。
「世外桃源」の景勝区にあるトン族の風雨橋です。
静かな「燕子湖」の畔に立って、蓮や菱、水草を混ぜた清らかな匂いがしました。
「龍脊」は龍勝各族自治県平和郷に属し、桂林から100キロぐらい離れています。朝の8時半からシャングリラホテルを出発し、11時ごろ「龍脊」の「平安壮寨」に着きました。「平安壮寨」はチワン族の村で、村の人はみんな同じ「廖」という名前を持っている人たちです。
午前12時ごろ、私たちは村にある「銀梯旅社」でお昼にしました。旅館の女将さんがまだ私のことを覚えてくれて、嬉しかったです。
村の人は「竹筒飯」を作っていました。
美味しそうな「竹筒飯」です。
旅館の裏にある石畳の山道に沿って、約30分登ると、山の頂上に着きました。
山の道端に初めてこのような名も知らない花を見ました。緑の葉っぱと黄色い花がありましたが、白いのは一体花なのかそれとも葉っぱなのかよく分りませんでした。
山を登る途中、草履を編んでいたお婆さんがいました。
「龍脊梯田」(棚田)は元代から明代までの650年の間だんだん形成されました。ここは「平安壮寨」の頂上から撮った「七星伴月」の棚田の景色です。
田植えをしたばかりで、桂林のほかの所より1か月ぐらいも遅かったです。稲刈りは10月の中旬になります。
訪問者(1202)
コメント(1)
作者:( 「ふれあい中国」)
前の文:人生は旅のようです。
日本人の観光客をガイドされたとのことですが、日本人以外の観光客と日本人のマナーはどちらがいいと思われますか?無理な質問かもしれませんが。「品性」「品格」の面で。日本人の年輩者、とりわけ60歳以上は、厳格な学校教育、家庭教育を受けていますので海外に出ても「マナー」を大切にし謙虚さを旨として行動されると信じて疑いませんがね。・・・・・・・・。「漓江下り」、「龍脊梯田」は、桂林に2泊して観光するのにはもっとも適した旅行ですね。今の季節、新緑が水面に映えてすがすがしい気持ちになって参ります。「竹筒飯」は、私ら団塊世代の人にとっては忘れられない嗜好品です。学校が休みの日には、家の米櫃から5合ぐらいの米を密かに持ち出し、河原に行って焚火し米を竹筒に入れ、炊き上げて食べたものです。特に鮎(アユ)を一緒に煮込んだものは、味といい、香りといい最高のアウトドアー料理の一つでした。調味料は「醤油」をわずか入れるだけのものです。 餅米に小豆を入れて炊き上げれば「赤飯」が出来上がります。酒好きな方には、竹筒に日本酒をいれ、干し岩魚(いわな)を入れた「骨酒」(こっしゅ)は、最上の美酒です。広西、昆明の少数民族の風俗、習俗、土俗、真に以て日本の九州地方の文化と相いれるものがたくさんあります。 漓江下りの途中、人民元札20元の風景写真、興坪鎮には日本人が経営する小さな旅館があり、多くの若者から大人までが訪れては宿泊しています。この旅館の主は人生の大半をヒマラヤの学雷锋活動に費やし、終の棲家は桂林・興坪鎮にと、頑張っておられます。龍脊の田植の季節は6月中旬、日本の九州と同じです。刈り入れは10月初旬とまた同じ、緯度は違っても、天候は同じであるようです。棚田が黄金に輝く頃に、気の合う日本人同士で訪ねてみたいものです。録音機を担いで少数民族の翁と語り合いたいものです。