中山陵
紫金山の南麓に位置する近代中国革命の父・孫文(1866-1925:中国では孫中山と呼ぶのが一般的)の陵墓。1925年に北京で病死した孫文は碧雲寺に埋葬されていたが、1929年6月1日に蒋介石により北京から南京に棺が移され、中山陵に改葬された。中国近代の有名建築家・呂彦直が設計を担当し、1926年1月から1929年春にかけて造営された。
中山陵の平面プランは、山麓の広場の南端の位置する孫文の立像から、山の中腹に位置する墓室にかけて鐘の形状をしており、これには「国民を覚醒し民国を建国する」という意味が込められているという。
階段を登りきったところが祭堂で、三つの入り口の上には「民族」「民権」「民生」という孫文の唱えた三民主義のスローガンがそれぞれ掲げられており、正面上部には南宋・文天祥の名文で幕末の志士にも影響を与えた「正気の歌」の一節「天地正気」と書かれた扁額が掲げられている.